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男性にとってのワーク・ライフ・バランス、男性の子育てが社会を救う

2010年1月15日

神戸常盤大学短期大学部 准教授 小崎 恭弘 氏

1.ワーク・ライフ・バランスとは何か

近年社会の様々なところで「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を聞くようになりました。一般的には「仕事と生活の調和」というようにとらえられ、仕事のみに縛られた生活ではない、自らの生活を主体的に生きることを目指した概念や活動のことです。

この言葉大変面白いものだといえます。なぜなら「Life」つまり生活には当然のように仕事は含まれているはずなのに、あえて生活とは別のものとしてとらえ、「Work」を生活と違うもの、あるいは特別なものとしているからです。つまりそれだけ現代人の生活の中での、「Work」の部分が大きく、そして時としてその肥大した「Work」が生活の部分を侵害しているといえます。その端的な事例が、過労死や過労自殺、あるいは過労ウツなどといわれる、仕事一辺倒の生き方の弊害の部分です。

また現在のワーク・ライフ・バランスに関する社会の動向も、どちらかといえば産業分野や企業からの取り組みやアプローチなどが多く見られます。例えば企業の生き残り戦略や、人材戦略としてワーク・ライフ・バランスセミナーなどが活発に行われ、その中で様々な具体的な実践事例の紹介がなされています。もちろんそのこと自体はとても大切なことです。企業が今後の人口の高齢化・縮小化、あるいは産業構造のダイナミックな変化を大きな課題としてとらえた場合、これまでの人材戦略や経営戦略と同じことをしていては、決して生き残ることはできないでしょう。そういう長期的また戦略的な視野に立った場合、ワーク・ライフ・バランスは、硬直化した人事システムや、個人の労働能力や意欲などに柔軟性と独創性を付与する新たな概念としてとらえられているといえます。人口減少社会の中、新たなる働き方やシステムを求める社会の中で、今後ますますワーク・ライフ・バランスの必要性は高まるでしょう。

2.男性にとってのワーク・ライフ・バランス

しかしここで大きな問題が生じます。それはだれのためのワーク・ライフ・バランスか?ということです。これまで述べてきたように、これまでのワーク・ライフ・バランスは企業の利益誘導の一端という性格が見られました。企業の利益の恩恵を、社員である個人が受けるという構図です。だから企業によりその取り組みに大きな差がみられ、ワーク・ライフ・バランス先進企業は、そのことを企業イメージの構築としてうまく自社のアピールに使用しています。反対に言うと企業がそのような取り組みを行わないと、その会社の社員はワーク・ライフ・バランスと無縁になってしまうということです。そこには個人の豊かさや幸せは考慮されません。

そこで考えなくてはいけないことは、個人としてのワーク・ライフ・バランスを考慮し作り上げていくということです。その場合特に男性のワーク・ライフ・バランスが重要になります。さまざまな資料を例にとるまでもなく、日本の男性の労働時間は他の国々に比べても長くなっています。日本は世界における「長時間労働大国」であるといえます。またそれと長時間通勤もあり多くの場合、やはり「Life」の前に「Work」が大きく立ちはだかっているように感じます。つまりワーク・ライフ・バランスの概念から一番遠い存在にあるのが、男性であり、その中においても特に30~40歳代の働き盛りの男性のワーク・ライフ・バランスが最も貧弱であるといえます。

その様な働き盛りの男性が長く働くという状況の中で、どのような弊害が生まれるのでしょうか。

まず男性自体については最も危惧されるのが「過労死」です。平成15年に発表された「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況について」では過去5年間の過労死認定された男女比が記載されています。(表1)全体の87.1%が男性です。
 

表1.男女比 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/06/h0610-4b.html

表1.男女比
 

そしてこの世代の多くは会社では働き盛りという名の下、過重な仕事を任され長時間労働になってしまいます。また同時に家庭では多くの場合が「父親」でもあります。長時間労働は、父親に「企業人」という役割しか付与せず、「父親」の役割を剥奪します。そしてその父親に代わり母親が長時間育児・家事を任されています。図1は、父親の家事・育児時間の国際比較です。世界の趨勢が一日のうちで1時間程度は、父親として子育てにかかわるというものですが、日本は約半分です。またこれは一週間の平均なので平日に関しては、わずか数分ということでしょう。これでは父親とは呼べません。

また反対に日本の母親の家事・育児時間は他の国々に比べて長いのが特徴です。つまり子育てに関しては、父親・母親のバランスが悪いということが、我が国の大きな特徴であり、過度の家事・育児負担を母親が一人で引き受けているといえます。このことは子どもの成長発達にとっても、何一つプラスに作用することはありません。父親不在の育児がこれまで常識的であったのは、地域や家族というものが存在し、父親以外の誰かが母親をサポートしともに子育てを行っていたからです。しかし現在の特に都市部における育児環境は、そのようなサポートがなく母親の孤立や孤独が浮き彫りになっています。その中で密室育児と呼ばれ、それが育児ノイローゼや児童虐待の一要因になっています。1990年には全国で約1000件の通報件数であった児童虐待も、昨年はその40倍に達し、4万件を超える通報件数になりました。

父親のワーク・ライフ・バランスの悪さが、父親だけの問題ではなく、母親、子どもを含む家族に対しても大きな弊害をもたらしているといえます。そのことは社会全体にとっても、決して喜ばれるべきことではなく、また社会が高い意識を強く持ち、解決していくべきことであるといえます。
 

図1.6歳未満児を持つ男性の育児・家事関連時間(週全体)少子化白書21年度版

図1.6歳未満児を持つ男性の育児・家事関連時間(週全体)少子化白書21年度版

3.男性が子育てに参加すると5人が幸せになる

家族写真

それでは具体的に男性、それも父親がどのようにすればワーク・ライフ・バランスを保ち、家族も幸せになることができるのでしょうか。もっとも単純で簡単なことは、男性が父親として子育てを行うことです。あまりに当然過ぎて解決方法にならないと思われるかもしれません。しかしその当然のことができていない、今の社会や企業の現状がおかしいということに気がつくはずです。

私は現在3人の子どもの父親をしています。それぞれに3カ月程度ずつ育児休暇を取り、子育てをしてきました。周りには変わり者と見えていたようですし、新聞やテレビで取り上げられました。しかし私自身は「自らの手でわが子を育てる」という極めて当たり前のことをしたまでの事です。反対にそのことをことさら取り上げている、マスコミや社会の方が不思議に思えてなりません。表2は最近の男性の育児休暇の状況です。10年ほど前からほとんど進んでいません。政府は男性の育児休暇取得率10%を目標としています。劇的に増やすには、何かしらの大きなインセンティブや明確なメリットが必要になると思います。
 

表2.育児休暇取得率 少子化白書21年度版

表2.育児休暇取得率 少子化白書21年度版
 

育児休暇は私にとって大変有意義であり、また自分自身が親としてそして人として大きく成長できた時間です。ウンチのついたおしめを替えることができずに怒られたり、離乳食を食べない子どもに激怒したり、一緒に昼寝をしてしまい部屋がめちゃくちゃだったり、子どもの初めて立つ瞬間を見たりと、毎日がエキサイティングでまたクリエイティブなものでした。こんな楽しい時間を全く味わうことのできない、多くの父親は何ともったいない事をしているのでしょうか!!

この育児休暇を取ることで、私は私自身が父親になることができ、また家族と子育てについての覚悟ができました。もちろん今も子育ては続いていますし、なかなかうまくいかないこともあります。しかしあの育児休暇を取り、わが手で子どもを抱きかかえ育てた経験が、家族の大きな絆として今も脈々と流れています。だから何とか子育てをがんばる事ができていますし、子どもたちとの関係も保たれているのだと思います。

家族写真

父親が子育てにかかわることで、子ども、母親、父親が幸せになります。また同時にそこで生き生きと生活し仕事を行うことで、会社や社会にとってもプラスに作用します。もちろん男性も育児休暇を取ることができる時代です。取りたいと思う人は積極的に取ってほしいと思いますが、全ての人がとる必要もありませんし、家族のライフスタイルに合わせるべきだと思います。しかしどのような形にせよ、子どもたちは父親との関わりを求めており、また母親一人だけで子どもを単一の価値観のもとで育てる時代は過ぎ去りました。

社会の大きな変化に立ち向かうことのできる子どもを育てるためにも、多様なそして豊かな環境の下で子どもたちを育てる必要があります。そのためにも父親が積極的に子育てにかかわり、自らの手で子どもを育てる体験をしてほしいと思います。

そのまず初めの一歩が、ワーク・ライフ・バランスをもっとよく知り、会社任せの制度やシステムに乗るだけではなく、自らが主人公となり我が人生と家族を作り上げていくという視点ではないでしょうか。ワーク・ライフ・バランスはそのための大きな武器だといえます。

<プロフィール>
小崎 恭弘 氏
(神戸常盤大学短期大学部 准教授)
1990年聖和大学教育学部幼児教育学科卒業後、西宮市役所初の男性保育士として、12年間施設・保育所に勤務。その間に育児休暇を3回取得する。
現在は、武庫川女子大学非常勤講師、関西学院大学非常勤講師等も務める。
著書に『ワークライフバランス入門―日本を元気にする処方箋』(共著、ミネルヴァ書房)、『パパルール―あなたの家族を101倍ハッピーにする本』(共著、合同出版)など。

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